この大自然に見守られて♪
<< March 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | | - | - |
20歳を迎えた娘へ

                            久しぶりにPCを開けてみました。

ずっと、その余裕がなくて。

もう今年も10月に。

季節は秋へと進んでいます。

でもね、紅葉はこれから…


我が家の末娘が20歳のお誕生日を迎えました。

大学2年生になって、学業に…課題に、バイトにと勤しんでいます。

もっぱら、バイトと、絵描きかな(笑)


娘への手紙を載せます☆☆☆




20歳を迎えた(*^−^*)vちゃんへ


(*^−^*)vちゃん、お誕生日おめでとう。


大きくなったねぇ


お母さんのこと、大好きよって言ってくれましたねぇ。


本当にありがとう。


何よりもうれしくてうれしくて。


(*^−^*)vちゃんのその優しさと、笑顔と、健康と、はつらつとしたそのまなざしが、(*^−^*)vちゃんの未来とともにいつまでもいつまでも続きますようにと願っています。

 

「良い一年にします。」って。


ほんとやねぇ


(*^−^*)vちゃんにとって、一度しかないこの20歳の年が幸せな一年となりますように。


そして、(*^−^*)vちゃんの人生が、未来が、輝ける幸多きものでありますように。


母は、ただただ心から願い、祈っています。

 

(*^▽^*)お姉ちゃん、(*●_●*)お姉ちゃんのこと、大切にしてあげてね。


(*^−^*)vちゃんが一番若いのだから。


み〜んな (*^−^*)vちゃんのこと愛しています。


いっぱい愛しています。

 

大学生になって、バイトで帰宅が遅くなることが多くなってきましたね。


いつもいつも、お母さんは心配をしています。


(*^−^*)vちゃんは、女の子なんだよ。


くれぐれも気をつけて、決して危ないことのないようにお願いします。


自分のこと、大事にするのよ。

 

広い心を持って、


希望を常に持ち、誠実な心で


良き人生を歩んでください☆

 

大好きな、大切な(*^−^*)vちゃん、


20歳のお誕生日おめでとう。

 


輝ける今を精一杯生きている


私のいとしい娘


(*^−^*)vへ

 

                  H23/10/21


                                 貴女の母より
     

| ひめりんどう | 15:10 | comments(1) | - |
五月のお庭のふき

5月5日の朝のこと  ***

 

 朝早くから


 まだ7時前というのに、母がおじゃこが欲しいと長女である娘の嫁ぎ先に電話を入れておられました。


 要するに、橋立に住む私の一番上の姉のこと(笑)


 とてもしっかりとした口調で。


 聞き慣れた凛とした母の口調で。


 私は「冷蔵庫の中にまだ残っているのだけれど」とは思ったのですが、母のあまりのしっかりとされた言葉かけに耳をダンボのようにして聞き入っていたのです。

 

 実家には、南向きの玄関を出ると、南東の隅に背の高い杉の木が立っています。


 ずっと前に…


 いつ頃だったかしら…


 もう十数年前??


 数十年前にもなるかしら?


 父が、植樹祭でいただいた苗木をそこに植えられたのです。


 当然のこと、その背丈はまだ低くて、まるで赤ちゃんの杉で。


 杉の木は、いつも父のこと、母のこと、私たち子どもの生活や心のあり方をずっと見守りながら成長していったのです。


 今では幹も太く育ち、大きく空へ高くそびえています。


 毎年、家々の屋根にこいのぼりが泳ぐ季節になると、その杉の足元にはふきが存在感いっぱいに茎を伸ばします。


 まるで、杉の木の根っこを包むお布団のように。


 今年も…


 一面に大きな葉を広げ、群生していました。

 

 前日の4日のこと、父が笑顔でそのふきをながめながら、母に「これはもう少し大きくなるまでおいといてくれ。」と言われていたのです。


 でもね、そのふきを翌日の5日の朝には母がい〜っぱい収穫されてお料理をされたのです。


 「私はふきのお料理が食べたかったわぁ」と。


 とてもとても満足そうにされて。


 そして、幸せな時間が流れていました。


 父は、母のそんな姿を目にされると、いつもうれしそうにほほえまれるのです。

 

 私は母が料理をされているそばでまだ顔を洗い、歯をみがいていたのです。


 ここ一年、母の認知症が少〜し進んでからは、母が料理をされる姿はほとんど見られなくなっていたのです。


 だから…


 ふきを料理される懐かしい様子を…


 私は目を皿のようにして見つめていたのです。


 調理方法も、母の姿も目に焼きつかせて…


 
皮をはいだふきは水の中でアク抜きをされていました。


 あっという間にその水は真っ茶々


 その水を見つめて父が、「何だその色は!」と。


 よほどに汚れた水に思えたのでしょうね。

 

水をきれいに変えて、さっとゆでてまたまたアク抜き。


 ぐらっとゆで、すぐにザルにあげます。


 決してゆで過ぎないように。

 

だし昆布を水でぬらし、表面の塩を軽く流します。


 母は、昔から変わらずに立派な日高昆布を愛用。

 

水でぬらした昆布をブツリブツリと包丁で切り、お水の入った鍋に入れていきます。

 

その中に、だしじゃこもたっぷりと入ります。

 

イ瞭蕕魏个砲け、その中に△里佞をドッサリと入れます。

 

お砂糖、お酒、みりん、醤油で味を整えます。

 

「昆布は入れたかなぁ?」と、またまた数本を切ってふきの上にたしておられました。

 

 しばらくして、鍋の中がグラグラと煮立つと同時に、昆布とおじゃこ、ふきの何ともおいしそうな素朴なにおいがただよってきました。    


 私は、ひたすらに調理される母の姿を見つめながら、思わず胸が熱くなり涙があふれ出ていたのです。


 ゆったりと流れるように動く母の手と体。


 大きな鍋を両手で持ち上げ、ザルの中へザザザッとふきをお湯ごと流し込まれる時の母のまなざし。


 白いゆげやふきの香りが、台所の天井に広がります。


 包丁や昆布を握られる母の手、そして昆布をブツリブツリと同じ長さに切り分けられていく手の動きとその音。


 鍋の中のふきにお酒やみりん、田舎産の醤油がトクトクトクッ。。。

 

 それは、すっかりと年をとってしまわれたけれど、懐かしい懐かしい、私たちが幼いころから知っている台所に立たれる母の姿でした。

 

 その日の朝食はね、私と娘で作った竹の子ご飯と、オクラの上に丹後のおいしいもずく、わかめと竹の子の煮物と焼き塩鮭、お味噌汁、そして一番のご馳走は母手作りのふきの煮物であったのです。

 

 お料理をテーブルにセットして、さあみんなでいただきましょう。


 「あらっ…???」


 足らないものがあります!


 おかしいなぁ


 テーブルの上にはふきのお料理がひと皿も見当たらなかったのです。


 その時分には母は、ふきを料理をしたことなどすっかりと忘れてしまわれていたのです。


 配膳していただこうとテーブルの真ん中に出しておいたふきのお鍋はストーブの上にどかされてありました。


  
 
 何と言っても、その朝の一番のご馳走はやっぱり母手作りのふきの煮物でしたよ。


 何だか春のお祭りの味がしました。


 五月の燕が訪れる季節の味がしました。

 

 母は、「そういえば、私が作ったような味がするわぁ。」とつぶやかれていましたよ。

 

 大好きな母の味。

 

 ほんとうに、おいしかったわぁ〜


  
         
                 ひめりんどう

| ひめりんどう | 08:27 | comments(2) | - |
☆☆子お姉さまへ『陽射しが春めいてまいりました。』

   前略


 ☆☆子お姉さまへ

 

 まだまだ寒い毎日ですが、陽ざしが春めいてまいりました。


 皆様、お変わりございませんか。


 ○○○、確かに受け取りました。


 ありがとうございました。

 

 父と母は、お兄ちゃんやお姉ちゃん、○○さんたちみんなに守られて、毎日元気に過ごされております。


 私は、月に一度帰省するのが精一杯なのですが、それではあまり役には立っていないと感じ、できるだけ帰れる日を増やそうと思っています。


 それに、何よりもお元気な父と母の笑顔にお会いできることがうれしいです。

 

 我が家では、娘たちもみんな元気で過ごしております。


 (*^▽^*)は、勤めていました会社を昨年退職してから、今は結婚相手のNさんの仕事を手伝っています。


 近々、東京**区で手がけていますリフォームの家が完成するとのことで、オープンハウスもしていただけるのだと言っていました。


 それから、失業保険を受けながら、この2月からはSTBのバイトを始めました。


 社員教育がしっかりとしていて勉強になるとも言っています。

 

 (*●▽●*)も、昨年転職を考え、勤めていました会社を辞めました。


 思うように次の仕事は決まってはいないのですが、家事を手伝ってくれながら、めげずに就職活動を続けております。


 でもね、度々あちらこちらの海へともぐりに行き、しっかりと楽しんでもいるのですが。


 今日も、今頃和歌山の海にもぐっているころと思います。


 30mの深さまでもぐるのだそうですよ。


 冬の海はプランクトンが少ないので、海の水が美しいのだそうです。


 沖縄では、海がめにも出会ったと言っていました。


 毎回、帰ってきて(*●▽●*)の顔を見るまでは、心配させられっぱなしでいます。

 

 (*^ー^*)vは、春休みの間、**のMさんの『******』●●工場で油絵を描いています。


 京都からは○名の若者たちが行っています。


 横3m大ほどの大きなキャンバスに一人で描くのだと言っていました。


 昨日は、キャンバスを作っていて、指の皮をめくってしまったと知らせてきていました。


 あいたたたっ


 思ってもいなかった良いチャンスをいただけて、「頑張ってくる」と、今月の8日の夜行バスで出発しました。


 毎朝、早朝に朝礼があり、ラジオ体操もするのだと言っていました。


 「まるで兵隊やねぇ」と(*^▽^*)の一言・・・(笑)でした。

 

 こんなふうなので、我が家も一人ずつ私の元から巣立っていく日も近いのではと感じております。


 (*●▽●*)も、もしかしたら**県のお寺さんの息子さんに嫁ぐことになるかもしれません。


 **県は、あまりにも遠いと思い、涙が出てしまいます。


 まだまだ寒い日がつづきますが、☆☆子お姉さまもどうぞ御身おたいせつになさってください。


 梅の花もあちらこちらでつぼみが開き、暖かな春も間近と感じ、心もほころびます。

 

                         かしこ

 

 平成23年2月20日(日)


                     

                    ひめりんどう                                                                                                                                                                                                              

| ひめりんどう | 14:53 | comments(0) | - |
『この人は僕にとって一番大切な人だ』

    ☆メリークリスマス☆



 今朝は、今年一番の寒さなのかもしれません。


 北のほうではホワイトクリスマスを迎えておられるのではと思えるくらいに空気が冷たく澄んでいます。

 

*** 12月20日〜22日のこと *******************


 父が、検査入院のため京都の某大学病院へ入院をしました。


**20日(月)早朝********

 
 田舎から、姉が父と母をともなわれて我が家へ。


 父と母には少し認知症があります。


 とてももの忘れがひどいのですが、その時その時は、とってもしっかりとはっきりとされているのです。


 父らしく、母らしく。


 父と母は、いつでもお互いのことを思いやり、大切に思う気持ちはちっとも変わらずに、それどころか、その気持ちは今でも強くなっていくばかりなのです。


 父は、いつも母のそばで安心をして生活をされているので、今回病院で父一人で入院をされることに私たち兄弟姉妹は、不安に思っていることは少なくはありませんでした。


 もちろん、父の気持ちもそうであったと思います。


 この日は、CTの検査・腰のレントゲン・採血等があったようです。


 問診・歩く・計算等々も*

 
 病院の担当医師や看護士さんたちに、父のことをよくお願いをして、父にとっては決して短くない3日間の入院生活が始まったのです。


 面会時間は午後の7時までであったので、母と姉は毎日その時間まで父のそばに付き添っておられました。


 父のベッドの前には、「お父さんへ あさってには退院です。」と書かれた紙が貼られてありました。


 私は、仕事が終わると病院へ向かい、母たちと一緒に我が家へ帰ったのです。


 その間、夕食の準備は長女と次女がしてくれました。

 

 20日の夜、母は入浴後すぐにお布団へ入られたのですが、その夜心臓がチクチクと痛み出したのです。


 すぐに狭心症の薬を飲まれたのですが、でも、なかなか痛みは治まらず、ニトロも持って来てはおられなかったので万全のため病院へ行くことにしたのです。


 近くの救急病院へ電話をしてもなかなか専門医が当直している病院が見つかりません。


 我が家の長女が救急車をよんでくれました。


 姉と長女が母に付き添って救急車へ乗り込みました。


 その後を次女が車を出して救急車のあとを追い病院へ。


 病院では、姉は母の身体のことを思い、ショックで悲しそうにうなだれておられていたようです。


 母は点滴をしていただき、1時間ばかり病院で横になっている間に狭心症の薬もきいてきて少しずつ楽になられたようです。


 本当に良かった。


 念のため、ニトロも出していただいたのだそうです。


 次女の迎えの車で我が家へ帰宅*


 ちなみに…末娘のこともちょっとだけ記しておきます。


 下の部屋ではみんながあたふたと動き回っていた時、末娘はまるで水木しげるさん状態で、机に向かい、課題の絵に奮闘をしていたようです。


 救急車が近くを通ったようだとかすかに意識しながらも、全く何にも気がついていなかったのだとか…(笑)

 

**21日(火)2日目********


 この3日間、毎朝1時間ずつ年休をいただいていたので、私も姉の車で一緒に病院へ向かいました。


 病院へ着くと、父は母の顔を見られて本当にうれしそうでした。


 病院の先生方も看護士さんたちも、他のスタッフの方たちもとても親切で、父は「ここの先生たちは優しい人たちばかりだ。」と話しておられました。


 この日の検査は、MRIを撮られ、脊髄から髄液を採られたようです。


 午後7時、面会時間が終わり病院を後にする時、ベッドに横になられていた父は、起き上がりベッドに座り直され、寂しそうな表情をされて母と姉、私たちのことを見送ってくださいました。


 この日は、明日には退院ができるということを何度も何度も母に確認をしておられた父だったようです。


 病院を出た時には、外にはかなりの雨が降っていました。


 あららら…


 仕事で遅くなった兄夫婦が雨の中、父に会いに来られたのです。


 父の顔が見られないことを残念に思われたのですが、父と母・ひ孫が写っている写真をたくさん持って来られていて、母の手に渡されていました。 

 

 21日、その日の夜のこと…


 前日お風呂に入られた後母の心臓が痛み始めたこともあったので、その夜は入浴してもらわずに母には早くに横になっていただきました。


 でもね、その日もまた胸が痛み始めたのです。


 狭心症の薬を早めに服用。


 でもやはりなかなか痛みは治まらなかったのです。


 昨晩、お世話になった病院へ電話をし、ニトロも併用しても良いかと尋ねてみました。


 医師からの良いとの返事であったので、ニトロも服用。


 横になられた母は、なかなか治まらない胸の痛みと父のことを思う気持ちで悲しそうでした。


 父は検査入院だけであったのですが、もの忘れのひどい母はそのことを忘れられ一人入院をされている父のことを身体のことを心配ばかりされてしまうのでした。


 「お父さんのところへ連れて行ってほしい。」


 「お父さんのところへ行く。」と涙ぐまれたのです。


 父の病院へは誰が連れて行ってくれても出会えないのだと姉がいくら説明をしても母は「お父さんのところへ行きたい」と繰り返されるばかりであったのです。


 そんな母の体のことを案じ、気持ちを思い、姉も涙をこらえることができません。


 母のそばを離れられ、声をこらえて泣いておられました。


 我が家の次女が、そっと姉のことを抱きしめてそばにいてくれました。


 しばらくして母の胸の痛みもおさまったころ、長女がのんきちゃんに笑顔で戻ってきたのです。


 某有名寺院のキッチンをコーディネートして、完成の披露会へ招待されていたのです。


 PCを開け、おばあちゃんにもその完成したキッチンの写真を見てもらっていました。


 母はとてもうれしそうに孫娘の仕事を誇らしげに目を細めておられました。

 

**22日(水)退院の日*******


 前日服用した薬がよくきいたこともあったのか、母はぐっすりと眠られたようでした。


 父の横で、ずっと一緒に眠っていたと思われていたようです。


 安心をして、よく眠れたと☆


 父の退院の日で、父のことを迎えに行くのだと言うと、心からうれしそうでうれしそうで。。。


 病院へ着くと、母は父の横に並ばれ、ベッドに座られていました。 


 父に、昨晩の母のことを伝えると…


 そっと、となりに座られている母のことを静かに見つめながら、

 

 『この人は、僕にとって一番大切な人だ。』と。

 

 母の目からは涙があふれていました。


 こちらのほうがたまらないですよね。


 ふたりは本当に幸せそうで、愛情いっぱいで、こんな素敵な両親をもった私たちは心から幸せ者と思います。

 

 その日、お昼休憩になると、私はバスに乗って病院へ駆けつけました。


 バスを降りてからは、走って走って…


 父の退院に間に合いました。


 病院の担当医、お世話になった看護士さんたちが皆さん出てきてください笑顔で見送ってくださったのです。


 担当をしてくださっていた若いやさしい看護士さんが、いつものように笑顔で耳の遠い父の耳のそばに顔を近づけ、「○○さん、気をつけて帰ってくださいね」と声をかけてくださいました。


 父は、にっこりと笑われて…


 「はい  また来ます。」と。


 思わず、そばにいる私たちも看護士さんたちも顔がゆるんでしまいました。


 担当医の先生からも、いつでも困ったことがあれば、こちらへ来てくださいねと言葉をいただきました。


 3日間、本当にありがとうございました。


 とてもとてもお世話になりました。

 

 私は、休憩の時間も残り少なかったので、タクシーを拾い職場へ…


 父と母は、そのあとで姉とおいしい昼食をいただき、兄の待つ懐かしい丹後の我が家へと戻って行かれたのです。


 姉に大切に大切に守られて☆

 

**PS***********


 実は、父は入院中、毎晩夜になると病室の3階から下のフロアに降りて行かれ、歩いておられたようでした。


 お手洗いに行かれたあと、自分の病室が分からなくなったのかもしれません。


 お部屋の入り口には、コナンの蝶ネクタイを大きくしたような赤いリボンを看護士さんが下げてくださっていたのですが。


 1日目の夜、そんなことがあってから、父がベッドを離れると看護士さんたちの詰め所に知らされる機能のマットをひいてくださっていたのです。


 私たち家族の者がお見舞いに行き、誰かがそのマットの上に立つと、看護士さんがあわてて走って来られて…


 ふふふっ 私たちがそばにいる間は、看護士さんたちもきっとほっとして安心されていたのではと思います。


 父はね、田舎へ着いてからも、夜に1階のフロアを一人で歩いておられたことをしっかりと覚えておられたようです。


 病院がとても広くて大きかったことも…


 先生や看護士さんたちに声をかけられたことも☆


 どうして、下の階まで行かれたのかは聞いていないのですが、もしかしたら母のことを探しておられたのかもしれません。

 

 今日はクリスマスの日、今丹後の田舎は雪が降っているのだそうですよ。


 新年を迎えてもしばらくは、ドカ雪が降るのだとか…


 さむぅ〜 そんな予報でしたよ☆

 

                   ひめりんどう

| ひめりんどう | 12:25 | comments(2) | - |
(*^▽^*)ちゃんのお誕生日H22.12.11

 **歳のお誕生日を迎えた


      (*^▽^*)ちゃんへ


 お誕生日 心からおめでとう☆

 

 **年間 未熟なお母さんの元で、やんちゃでかわいくて。


 ちっちゃな体で、おしゃまなところもいっぱいで、寂しがりやさんで。


 干物お嬢さんの生活もしながら、しっかりと思春期もとおり。


 お母さんとも対決して、泣いて笑って、それでいて(*●▽●*)ちゃんと(*^ー^*)vちゃんのことを人一倍に大切に思ってくれていて。


 いつでも2人の妹たちのだぁ〜い好きなお姉ちゃんで、3人でじゃれてもみくちゃになって。


 お母さんの心の支えになってくれて、私のかわいい大切な娘としてずっとそばにいてくれました。


 ありがとう(*^▽^*)ちゃん


 心からありがとうの気持ちでいっぱいです☆

 

 (*^▽^*)ちゃんが生まれた時、おばあちゃんからは、子どもは天からの大切なあずかりものと思い、大切に育てるようにとの言葉をいただきました。


 あまりできた母とは言えなかったのだけれど、お母さんは(*^▽^*)ちゃんたちの心の成長ばかりを見つめて毎日を過ごしてきました。


 色々なこと、無理をさせたことと思います。 


 ごめんね。

 

 お母さんは、(*^▽^*)ちゃんからかかえきれないくらいのたくさんのうれしい贈り物をもらいました。


 (*^▽^*)ちゃんが産まれてきてくれたこと。


 お母さんの腕の中に抱かれてたとえようもない幸せな気持ちをくれたこと。


 幼稚園へ行くようになった時、不安いっぱいであった母を成長させてくれたこと。


 小学生の頃は、いたずらもいっぱいしたけれど、涙や笑顔でお母さんの心をいっぱいゆさぶってくれました。


 小学校の卒業式にはうれしい手紙を読んでくれました。


 あの時には、TAKAくんもTOKUNARIくんも一緒に卒業式を祝ってくれましたよね。


 「おばちゃん良かったね」って笑顔で。

 

 中学生の時は思春期だった?


 とにかくやんちゃな(*^▽^*)ちゃんたちの中学生生活でした。


 大人たちへの不満があふれ出して、泣いて笑って。


 心いっぱいで反抗して…


 母の怒りのほうが恐ろしかったのか、母の前ではあまり出さなかったけれどね(笑)


 でも、清潔でとってもきれいな少女であったわぁ。

 親馬鹿…


 毎朝ギリギリの時間に一目散に走って登校してたねぇ 

 
 おかげで足も速くなって…


 先生たちへの不満がいっぱいの時期だったけれど、実は、その先生たちやまわりの大人たちにみんなしっかりと守られていたことは事実であったのですよ。


 中三の3学期には、生まれて初めてあんなに真剣に勉強をしている姿を見ました。


 高校での3年間は、(*^▽^*)ちゃんの青い宝物の年月ですね。


 自分で高校も決めて、専門も決めて、就職先も決めて、お母さんから少しずつ自立をしていきました。


 不思議なことに、(*●▽●*)ちゃん、(*^ー^*)vちゃん、お母さんは(*^▽^*)ちゃんのそばにいるだけで心がいやされました。


 今もだけれどね。


 どうしてかしらねぇ。

 

 丁度3年前に☆☆さんに出会ったのでしょうか。


 (*^▽^*)ちゃんのことを大切に思ってくださるお兄さんができたと思い、お母さんはとてもうれしかったですよ。


 ずっと2人の妹たちのことを思って守ってくれていたお姉ちゃん。


 やっと、心いっぱいに甘えられる大切な人にめぐり合えたのやね。


 これからの(*^▽^*)ちゃんの長い人生に幸多かれと母は心から願っています。


 誠実に、純粋に心やさしく、愛情いっぱいに自分の大切な人生を歩んでいってください。


 どんなことにでも楽しみ 喜び 感謝の気持ちを感じて、神様に見守られて、祝福されて。


 (*^▽^*)ちゃんのことを愛情いっぱいに見守っていてくださって、応援してくださっている人たちの思いを宝物として。

 
 豊かで、実りある香りある花のような人生であれと思います。

 

 **歳 本当におめでとう

 

 大切な私の娘

 

   (*^▽^*)へ

 


                愛を込めて


                    母より

 

                  H22.12.11(土)

| ひめりんどう | 18:42 | comments(2) | - |
もみじ染まる24歳の日♪

  (*●▽●*)ちゃんへ


 24歳のお誕生日、心からおめでとう♪

 

 最近、前髪を上げて、かわゆいお顔が余計にまんまるいお顔になってしまったね☆


 (*^ー^*)vちゃんのこと、いつもいつも優しく心にかけていてくれてありがとう。


 時々、おかしいくらいに厳しい姉の眼差しものぞかせているけれどね。うふふふっ


 (*●▽●*)ちゃんにチュ〜ッてされると「いやぁ〜つ」て言いながらも(*^ー^*)vちゃん、とってもうれしそうやね。

 

 (*●▽●*)ちゃんは、だぁい好きな(*^▽^*)お姉ちゃんにひっつきもっつきして…


 お母さんは、お姉ちゃんの嫁入りの日を迎えるのが少し心配です。


 涙をこらえて、心いっぱいで祝福してあげようね。

 

 (*●▽●*)ちゃんは、最近お料理の腕もぐんと上げたね。


 夕食の準備や家のこともよくお手伝いをしてくれています☆

 

 (*●▽●*)ちゃんは、あちらの海こちらの海へともぐりに出かけて…


 海がめやお魚のお友達はたくさんできましたか?


 でもね、(*●▽●*)ちゃんが海へ出かけると、お母さんはいつも心配ばかりをしています。


 どうぞ、くれぐれも海にも道中の車にも十分に気をつけてください。

 

 お友達との旅も、最近いっぱい楽しんでる…


 なぜかゲームにも夢中になって…


 笑顔でプニュプニュ…♪

 

 お母さんは、ついつい抱きしめたくなるのです。


 いつも、(*●▽●*)ちゃんには「ぐるじぃ〜」って逃げられてしまうのだけれどね(笑)


 (*●▽●*)ちゃんのかわいい笑顔に母は心をほころばせています。

 

 ありがとう


 (*●▽●*)ちゃんから幸福をいっぱいもらってる☆


 本当にありがとう☆

 

 11月に入って、急に秋が深まってきています。


 (*●▽●*)ちゃんを出産した日も、日赤の病室の窓から眺めると、府庁前のイチョウ並木も黄色く染まった葉が雪のようにいっぱい舞ってたことを覚えています。


 黄色いジュータンのようになったその上で銀杏を拾いに来ておられる人も多くて、


 本当に美しい秋の眺めでした。


 忘れられない、(*●▽●*)ちゃんを出産した幸福な日の思い出の景色です。

 

 (*●▽●*)ちゃん、どうぞどうぞ、幸せな人生を歩んでください。

 

 愛して、愛されて…

 

 愛を胸いっぱいに抱いて…

 

祝福と祈りの思いを込めて…

 

    24歳 本当におめでとう♪

 


 大切な私の宝物、(*●▽●*)ちゃんへ

 


                 愛を込めて母より

                                      H22.11.20(土)

| ひめりんどう | 11:58 | comments(2) | - |
『(*^-^*)vちゃん19歳のお誕生日おめでとう』

 愛する私の娘 (*^-^*)vへ


 19歳のお誕生日

      心からおめでとう。


 大学生になって、アルバイトを始めて、ギャラリーでグループ展もして、もう子どもではなくなってきている(*^-^*)vちゃん。


 背中にまるで自由の羽が生えたように、急に飛び回っています。


 でもね、(*^-^*)vちゃんはまだまだ家族のみんなやまわりの人たちに守られて支えられていることを忘れないでください。


 決して一人の力だけでは生きていないのよ。


 若くて勢いのある時には、分かっていなくて気がつかないことがたくさんあります。
 

 どうぞ、謙虚な気持ちで暖かな気持ちを忘れないで、凛とした姿勢で、この大切な年月を歩んでいってください。


 (*^-^*)vちゃんに向けられている、あふれんばかりの暖かな愛情に満ちた気持ちを感じて、それを力の糧として。


 きっと、何もかもが理解できる時がすぐにやってきます。


 (*^-^*)vちゃんの大好きな(*^▽^*)お姉ちゃんも、(*●▽●*)お姉ちゃんも、そうであったのだから…


 二度とない、宝物のような青い青い4年間の大学生活を大切にしてください。


 (*^-^*)vちゃんの描く絵、とってもかわいくて、らしくて、家族みんな大好きです。


 
 (*^-^*)vちゃん、

    19歳、心を込めて 思いを込めて

                 おめでとう。

 

 平成22年10月21日(木)

   
             (*^-^*)vちゃんのことをこよなく愛する
   
                    貴女の母より


《追伸・ニュース》


 (*^-^*)vちゃんの19歳を迎えた年には、(*^-^*)vちゃんの大好きな(*^▽^*)お姉ちゃんのこと

 を☆☆さんが「結婚をさせてください。」 と、あいさつに来られました。
 
 「お姉ちゃんのことは、(*^-^*)vが守るから」って言っていたのにね(笑)
 
 それからね、丹後のおじいちゃん おばあちゃんのおうちには、この秋熊が柿の実を食べに出没しました。こんなことは初めて。
 
 ちょっとおちょろちぃ〜!
 
 ♪♪伯母ちゃんちには、度々かわいいウリ坊が出没したんですって。
 
 見たかったわねぇ。
 
 「うふふっ」

| ひめりんどう | 18:09 | comments(2) | - |
幸せな笑顔…☆

 娘の結婚が決まりました。


 昨日7月31日(土)先勝の日、長女の彼氏があいさつに来られ、めでたく二人の結婚への気持ちを聞くことができたのです。


 『○○子さんと、結婚をさせてください。』と。


 何て単刀直入なこと…


 まっすぐなまなざしでした。


 心から おめでとう☆



 一生に一度のこと。



 娘も彼氏も、とても幸せそうでした。


 
 娘のことを好きになってくださったこと、心からうれしく
 
思っています。

 ありがとうございます。

 

 
 彼氏には、かわいらしい二人の恋敵がいます。



 それは、我が家の次女と末娘☆



 お姉ちゃんのことを見つめる眼差しは、いつもハートマーク。



 でも、その二人にも良いお兄様ができるのです。



 親として、心からうれしい気持ちでいっぱいです。



 これからの二人の人生が とても楽しみです。



 みんなに愛されて、祝福されて…



 彼氏と、幸せな人生を築いていくという覚悟を持って、どうぞどう

ぞ、愛情いっぱいに二人で歩んで行ってください。



 ずっとずっと、貴女たちのこと見守っています。

 


                 ひめりんどう母 

| ひめりんどう | 11:24 | comments(2) | - |
蛍の季節に…♪

 6月12日(土)のこと。


 その日、末娘のバイトのあとで待ち合わせをして、蛍を見に行って来ました。


 今年は蛍の数が大変多かったのだそうですよ。


 早く行かないと、蛍の時期が終わってしまう…


 場所は、京都市左京区『哲学の道』疏水沿いです。


 最近、毎日のようにお昼休憩には、30分ばかり、そのあたりをお散歩をしているのです。

 緑も多くて、涼しくて、草木の匂いも良くて、お散歩をするのには最高の場所です。


 蛍が多く舞っているのは、丁度、京都大学農学部キャンパスの東側、哲学の道を歩いていると、石段を上っていくところ、そこと、そこからはずっと北になるのですが、京都造形大学から西に行き、哲学の道にぶつかったところのこの二箇所なのだと聞きます。


 その日、バスで北白川通りに着いたときには、もうすっかりとあたりは暗くなっていました。


 そこから西に折れ、二人でブラリブラリと哲学の道へ。

 ちょっと静かで暗くて、一人で歩くのには寂しい怖い気もしました。

 大きな家々が建ち並んではいたのですが、人通りが全くなかったのです。

 
 哲学の道を南に向かって歩いていると、おばあちゃんと、その手を優しく引かれてこちらへ歩いて来られる背の高い男性と出会いました。

 左手の中には蛍がそっと握られてありました。

 「源氏蛍だよ。」と、そっと手のひらをひろげられると、大きな光をお尻にともして、ふんわりとその手から一匹の蛍が飛び立ったのです。


 「わぁ きれい」


 私たち4人は、その幻想的な光の舞いにしばらく見とれていたのです。

 「もっと南に行くと、乱舞しているよ。」と、その男性。

 おばあちゃんは、ずっと柔らかな笑みで私たちのことを見つめておられました。

 私と娘は、ペコリと頭を下げ、そのお二人と分かれて南へと足を進めたのです。


 その場所に近づいていくと、たくさんの人たちの歓声が聞こえてきました。


 石段を登ると、蛍の光があちらこちらに見えます。

 何匹も何匹も…☆

 心が躍ります。

 草むらの中にも、木々の葉の間にも、そして、3・4匹もの蛍がこちらに向かって飛んできます。


 ふんわり、つぅーって、そんなふうに。

 その度に「わぁ〜つ」と、あちらこちらから歓声があがります。

 「大サービスやね♪」なんて声も。


 次々と小さな子どもを連れた家族や、学生さんたちも楽しそうにわいわいとにぎやかに見に来られていました。


 帰り道、娘の手の中にも蛍が一匹♪

 そっと両手を広げると、ふんわりと飛び立ち、何度も娘の手の中に戻りながらも草木の中へ戻っていったのです。


 娘は、蛍を見たのは、今日が生まれて初めてであったのだそうですよ。

 「あらっ そうだったの?」(*^▽^*)

 何度か、お姉ちゃんたちに蛍を見に行こうと誘われてはいたのですが、○○ちゃんはまだ行っていなかったのだわ。

 それに、いつも田舎に帰るころには蛍の時期も終わっていたのです。


 「蛍の光って、もっとギラギラしているのかと思っていたわ。」

 「ギラギラって?」

 「だって、『蛍の墓』では、顔が照らされるくらいに明るかったんだもん。」と娘☆

 「ああ ふふふっ そうやったねぇ〜」


 「蛍には、源氏蛍と、平家蛍がいて、源氏蛍のほうが光が大きくて、確か平家蛍のほうがほっそりとした体であったと思うわ。」

 とかなんとか、そんなうる覚えな話を聞かせていると…

 「ふぅ〜ん すごい名前やねぇ〜 だって、敵同士の名前で。」て○○ちゃん。


 娘は、バイトのあとということもあって、ちょっとお疲れの様子でした。

 その日は、スニーカーではなくて、ヒールの靴であったので、足のほうもね。

 帰り道でまとわりついてくる小さな虫をはらいながら…


 「わっ ただの虫だわ!」って娘。


 思わず私と娘は大笑いをしてしまいました。


 生まれて初めてであったという蛍との出会いは、いかがだったかしら?


 また来ようね(*^−^*)vちゃん♪


                    ひめりんどう 


 追伸…哲学の道での蛍の動画を見つけました。
                   

   http://www.youtube.com/watch?v=t13GCu-50Yo
    

   初夏の蛍特集【京都の蛍の名所案内】は


   http://travel.nihonkai.com/feature/21/kyoto/

| ひめりんどう | 15:18 | comments(2) | - |
若葉萌えるふる里♪

 ピチュピチュ


 ピチュピチュ  


 ひばりの声です


 五月三日(憲法記念日)、朝の5時過ぎくらいであったでしょうか。


 眠い


 朝日がカーテンをひいた窓から差込、なんて明るいこと☆

 前日の夜、次女の車で、丹後の実家に到着していたのです。

 隣のベッドには次女。

 スヤスヤと、静かな寝息が聞こえています。

 私は、橋立てから来ておられた一番上の姉と一緒にお布団の中で眠っていました。

 隣は手術のあと、退院をされて間のない、私のすぐ上の兄の部屋なのです。

 まだ起きるのには早い!

 6時半くらいを過ぎると、やっと、チュンチュンとすずめのにぎやかな声が聞こえてきました。


 カーテンを開き、窓の外を見てみると、あらっ 山の近いこと!

 「こんなに近かったかしら」と心の中のつぶやき。

 家の東から南に伸びる 大江山連邦から顔を出した朝日が、もう高くのぼっていました。

 スポットライトのように、まぶしく我が家の窓から部屋の中を明るく照らしています。

 

 「おはよう♪」

 
 とっても良いお天気です。


 私たちが丹後の田舎にいた3日〜5日の間は、本当にお天気も良く、気温も夏日で暑く、5日などは京都南部では30度を越える真夏日であったと聞きました。


 朝早くから、ウィーンウィーンって、大工さんのような木を切る音が家の裏から聞こえてきます。

 京都から帰って来ていた弟が、お風呂にたく木を切っているのです。

 我が家の実家は、今でもマキにこだわり、お風呂ではガスを使っておられないのです。

 何年かに一度、山ほどの木を買われ、それをきれいに同じ長さに切り分け、物置のそばに積んでおかれるのです。

 とんでもなく、たくさんの木の山です。
 
 その日の夜、母と一緒にお風呂に入りました。

 ぐらぐらと木でたかれたお風呂のお湯は、本当に気持ちの良いものでした。 

 温泉のお湯にも負けないくらいにと思うのです。 

 体の芯までポカポカと温まって…

 まるで、命のお湯のようだわと思いました。

 父と母は、お風呂のあと、京都の病院で治療士をしている弟が帰って来ると、毎晩体に触れてもらい、治療をしてもらっておられるのです。

 そのおかげもあって、そんな日は、いつも気持ち良く、ぐっすりと眠ってしまわれるのです。


五月四日(火)


 お昼から、三河内の春祭りを次女とお散歩がてら見に行って来ました。

 上道を通って。

 私たちが本当に幼かった頃、45年以上も前のことになるでしょうか…その道は、『トトロ』にも出てきたボンネットバスが通っていた道なのです。

 今見ると、「狭い道」とつくづく感じます。

 幼いころから、小額中学と毎日のように通っていた道なのに、こんなふうになっていたのだろうかと思ってしまうほどに、忘れてしまっている風景が所々ありました。

 でも、今でも変わらなく懐かしい家並みも多くそこに住んでおられた優しい人たちの思い出なども話しながら、次女と歩いて行きました。

 田舎の家並みは、白壁の土蔵も多く残っており、趣のある味わい深いものでした。

 お寺も神社も、なんて多いこと。

 あちらにもこちらにも…

 大きなカメラを持ってきていた次女は、民家の塀の上の瓦に沖縄のシーサーのようなものを見つけ、写真を撮っていました。

 それから、玄関先に、たぶん魔除けの意味で下げられてある植物の玉のようなものも珍しそうにカシャリッて。

 どれもこれも、私たちが子どもの頃から当然のように目にしてきたものばかりでしたが、確かに、あらためて目にするとどこにでもあるものではなく、味わい深いものばかりと思いました。


さてさて…


 三河内のお祭りは、私も始めてでした。

 いつも、お祭りの日が我が町内のお祭りと重なっていたので、見たことがなかったのです。

 ゴールデンウィークにお祭りの日が変わったということもあって、やまなどの引き手も多く、また、見に来ておられる沿道の人たちも多く、何ともにぎやかなお祭りでした。

 おはやしや掛け声は、我が町内のものとよく似ていました。

 家々の玄関先には、どこも大きな提灯が下げられてありました。

 
 祭人さんのように、高校時代の同級生も今では町内の先頭に立って、お祭りを大切に支えて守っておられる人も多く、一度はしっかりと見てみたいと思っていたのです。  

 本当に多くの人たちで、祭人さんには出会えなかったのですが、帰り道、2匹の子犬を抱いた直ちゃんに声をかけていただきました。


 次女と私は、来た道をまた楽しみながら、歩いて帰って行ったのです。


五月五日(水)子どもの日*


 田舎の朝は本当に早い。

 この日も、すこぶる良いお天気☆

 父は、薬のせいか、今日も朝から食欲がありません。

 お料理を作る者は、自分の手料理に魅力がないのかと毎回ガッカリとさせられます。

 何も食べないのではかえって体に悪いと、母が父のことを心配され、あれこれと心をくだかれます。

 (後日、父は、あまりにも食欲がないので、薬をしばらくやめられることにされたと聞きました。)

 兄のほうは少食ではあるのですが、何でも食べられるので、日に日に体力が回復してきているように思えました。


その日のお昼過ぎ…


 私と弟は、次女の車で京都へと帰りました。

 父と母、兄の笑顔に見送られて。

 与謝峠を越える時、パノラマのように広がる山々の緑が、新緑に萌え、毎年のこととはいえ、目をうばわれ、感激をさせられました。

 若葉の鮮やかな緑が、心に優しく映ります。

 そうそう…いつもここを通る時に思うことがあるのです。

 福知山に近くなった所の最終のトンネルの手前で、数十年前、母と弟はUFOを目の前で目撃されたことがあります。

 とんでもなく大きく、車の前上空に、たぶん直径数百メートル大の大きなものがゆっくりと現れたのだと。

 後方から来ていた車も、止まられていたと。

 弟は、こわかったと言っていました。

 母は、たくさんの数知れない光る玉がキラキラとまぶしく光っていたと言います。

 何が起こったのか、訳が分からなかったとも。

 このことを信じる信じないではなくて、私も見て見たかったと思うのです。

 だから、いつもそこを通る時、空を眺め、どこかにいないかなぁ〜なんて、ついついUFOを探してしまうのです。

 UFOは、山の中からとてもゆっくりと姿を現し、母の運転の車のすぐ前上空に浮かび、瞬間移動したように消えたと聞きました。

 弟は、上空に浮かぶ円盤は、車のフロントガラスいっぱいに見えたと言います。

 やはり、私も見たかったわぁ☆

 
 残念!!

 


                    ひめりんどう


 追伸…何番目のトンネルを越えたところでしょう。

    毎年この時期、紫の芝桜が美しく咲いている場所があるのですが、ありましたよ☆

    目の覚めるような鮮やかな赤紫色をした芝桜が道の傍土手一面に。。。

    五月、実家から我が家へ帰る道中、いつも忘れてボンヤリと景色をながめている私の目に飛び込んできて、その美しさに目をうばわれるのです。

    「今年も、やっぱりきれいに咲いていたわ」と。 

    にっこり♪

| ひめりんどう | 19:20 | comments(2) | - |
Page: 1/7   >>
Material: さくらぽっぷ
Template: "scarlet" by nonnon
Log in